【ジムカーナって何?】

自動車教習所や駐車場など舗装された広い場所で、S字、クランクなど教習設備を
利用したりパイロン等でコースを設定し、1台ずつ走ってタイムを競うものです。
通常、午前と午後の計2回走行した中で、速い方のタイムで順位を決めます。


概ね、こんな感じです(クリックすると拡大)

コースは開催ごとに違うコースが設定される事がほとんどで、コースを発表するのは
その日の朝・・・そのため、ジムカーナの最初の壁は「コースを覚えること」と
言われてます。
なにしろ、コースを間違えれば「ミスコース失格」となり、一生懸命走ったのに
リザルトに記録が残らないのですから。

コースを覚えるために「慣熟歩行」として、実際のコースを自分の脚で歩いて
覚える時間があるので、その間にしっかり覚えなければならなりません。
上位クラスの選手ともなると、コースを覚えるのは当たり前の事として、
路面状況や次のターンとのつながり具合、またそれを一番速く走るために
セッティングはどうすれば良いか?などなどいろいろ考えているのです。

ジムカーナは参加が容易で、間口が広いモータースポーツであると言われます。
自分のマシンを思いっきり操る楽しさを体験し、モータースポーツへの参加が
決して遠い存在ではないことを感じて欲しいと思います。
その中で、速く走るための努力をしなければ勝つ事はできないという
シビアで奥深い競技であることをご理解して頂きたいと思います。


【ジムカーナの歴史】

始まりは1970年頃、東京多摩地区のカワサキ販売店が始めたともいわれ、
カワサキ販売店を中心に発展し、80年代年にはジムカーナ史にその名を残す名車
「Z750FX2・3」のワンメイク状態となり、明石のカワサキ本社にて全国大会が
開催されていました。

90年代に入り、FXの後継にあたる「ゼファー750」の活躍もありましたが、
「ブロスP1」や「NSR250」など、他メーカーのマシンが活躍するようになり、
93シーズンをもってカワサキ大会は終了してしまいました。

入れ替わるように、関東ではJAGE(二輪ジムカーナ主催者団体協議会)により
ダンロップ杯・バトラックス杯などが代表的なシリーズ戦としてスタート。
また、関西を中心にGRA(ジムカーナ・ライダース・アソシエーション)が発足し
全国各地で「ジムカーナ・グランプリ」が開催されるようになりました。

90年代後半には全国各地に競技団体やクラブが設立。インターネットの普及も手伝い
遠征による地域交流が盛んになりました。

21世紀になり、二輪車を取り巻く環境の変化により、排気音や保安部品など
レギュレーションが厳しくなりましたが、その中でDVDの発売や雑誌TV等
マスコミでの取り上げ、もちろん各団体や選手各自の努力により、確実に競技として
浸透・正常進化しています。

 


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